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大阪地方裁判所 昭和46年(タ)90号 判決

原告 安芸雪代

被告 安芸正人 外一名

主文

原告及び被告安芸正人と被告安芸誠との間の昭和四五年三月一八日付千葉県木更津市長に対する届出によりなされた養子縁組のうち、原告と被告安芸誠との間の養子縁組は、無効であることを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「原告及び被告安芸正人と被告誠との間の昭和四五年三月一八日付千葉県木更津市長に対する届出によりなされた養子縁組が無効であることを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は、昭和二九年七月二一日被告安芸正人(以下被告正人という)と婚姻したのであるが、同四二・三年頃被告正人が被告安芸誠(以下被告誠という)の母泉田富子と同棲するに至つたため、以後被告正人と別居している。

(二)  ところで原告は、近時所要があつて戸籍謄本を取寄せたところ、昭和四五年三月一八日千葉県木更津市長に対する届出により、原告及び被告正人を養親とし、被告誠を養子とする養子縁組がなされていることを知つた。

(三)  しかし原告は、右養子縁組については全く関知していないところであり、もとより縁組の意思も有していなかつた。したがつて右養子縁組は無効であるから、その確認を求める。

二、被告両名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」。との判決を求め、答弁として請求原因事実をすべて認める、と述べ、なお次のとおり主張した。

(一)  被告正人は、原告と婚姻して以来、東京都足立区千住竜田町で円満な家庭生活を営み、同三三年六月には長男邦晴をもうけた。しかし昭和四〇年頃より原・被告間に事実上夫婦関係がとだえた。被告正人は、かかる事態に立ち至つたため、原告との婚姻を継続することは不可能と考え、互に再出発すべく離婚につき協議したものの、原告の容れるところとならず、被告正人の勤務先の上司のあつ旋により原告と長男邦晴の生活費として月額五万宛を交付することとし、昭和四四年六月一八日原告は、長男邦晴と共に大阪市西区阿波座中通二丁目三九番地に移つて別居生活を始めた。ちなみに被告正人は、原告にも収入があること故、昭和四六年二月頃から原告らに対する生活費として毎月二万二〇〇〇円宛を交付している。

(二)  一方被告正人は、はぎ商運株式会社松戸営業所所長として勤務するうち、昭和四三年頃から部下であつた大原富子と懇意になつた。当時、大原富子は同忠夫と婚姻して被告誠をもうけていたものの、昭和四四年一一月一二日忠夫と協議離婚をして泉田姓に復氏し、以来被告誠を連れて被告正人と同居し、昭和四五年七月一〇日良康を出産した。そして被告正人は同年一一月四日右良康を認知した。

(三)  ところで被告正人としては、同居している被告誠の小学校の関係はもとより実生活上の不便からも安芸姓を名乗らせたかつたばかりでなく、名実ともに父として被告誠の監護教育の任に当ることを希求していた。しかし養子縁組をなすについては、原告の承諾が得られないことも明らかであつた。そこで被告正人は、原告の承諾を得ることなく、千葉家庭裁判所木更津支部から被告正人及び原告と被告誠との養子縁組許可の審判を得て、昭和四五年三月一八日木更津市長に対し養子縁組の届出をなしたものである。

(四)  以上の経過によつても明らかな如く、本件の養子縁組につき、養親とされている原告は全く関知しないところであるから、民法八〇二条一号によりすくなくとも原告と被告誠間の養子縁組は、無効と言わざるを得ない。しかしだからといつて、被告正人との関係でも本件の養子縁組を簡単に無効と断定すべきではない。

(1)  民法七九五条は、夫婦は共同して縁組をなすべき旨を規定し、同法八〇二条一号は、当事者間に縁組をする意思がないときはその縁組を無効としている。右八〇二条一号にいう当事者間とは、養父子及び養母子の各関係を個別的にいうのか、それとも一体としていうのかが規定上からは判然としないのであるが、本件のような場合の判断の基準は、いわゆる夫婦共同縁組の要請である夫婦並びに家庭の平和維持と、現代の養子制度が理想とする養子に両親を与え健全な育成をはかることが希ましいとすることの調整にあると考える。

(2)  原告と被告正人は、すでに二年有余の間、別居生活を続け、殆ど実質的な婚姻共同生活の回復の見込もなく、事実上離婚と同様な状態にあるから、すくなくとも夫婦の平和維持の要請は意味をなさないというべく、他方被告正人は、被告誠及びその実母と共同生活を営みながら、原告の承諾が得られないばかりに、現状では被告誠に父を与える方法がないことに帰する。

(3)  民法七九五条の規定する要件は、受理要件にすぎないと解すべく、一旦届出が受理された以上、縁組意思のあつた側では有効とすべきである。即ち、すくなくとも本件の養子縁組については被告両名間では有効に成立していると解すべきである。

三、証拠〈省略〉

理由

一、公文書であつて真正に成立したものと認める甲第一号証に、原告及び被告安芸正人各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告(昭和二年一月一一日生)と被告正人(大正一五年一月一六日生)とは、同じはぎ商運株式会社に勤務するうちに親しくなつて、昭和二九年七月二一日に婚姻届を了した夫婦であり、昭和三二年六月二八日に長男邦晴をもうけた。

(二)  ところで被告正人は、昭和四三年頃同じ職場の部下であつた大原富子と情交関係を結ぶようになつた。当時大原富于には夫忠夫及びその間に出生した被告誠(昭和三八年六月二一日生)とがあつたが、同女は、間もなく夫忠夫と離婚し、泉田姓に復氏した。なお右離婚に際し、被告誠の親権者は、泉田富子と定められた。

(三)  他方被告正人は、昭和四四年四月頃、突然に原告に対し離婚を求めたものの、原告から離婚の意思がないとして拒否された。そこで被告正人は、勤務する右会社の上司を通じて原告と離婚の交渉を続けるうち、原告との間に、原告が長男邦晴を伴つて別居し、被告正人がその給料の半額を原告らの生活費として右会社を通じて渡す、との合意が成立した。かくて原告は、同年七月頃長男邦晴と共に大阪市西区阿波座中通二丁目三九番地に移り、被告正人と別居した。

(四)  そこで被告正人は、早速被告誠を伴つた泉田富子と同棲生活を営むうち、事実上監護養育している被告誠を自己の養子とすることにし、代諾権者泉田富子の承諾もえた。しかし被告正人が被告誠と養子縁組を結ぶには、原告と共同でなさなければならないところ原告の諒解がえられないことは、明白であつた。やむなく被告正人は、原告も共に養子縁組をなす意思を有する如くに仮装して、千葉家庭裁判所木更津支部から、原告及び被告正人と被告誠との養子縁組許可の審判を得て、昭和四五年三月一八日木更津市長にその届を了した。

(五)  かくて被告正人は、その後も被告誠を監護養育しながら、泉田富子と同棲生活を営んでおり、同女との間に出生した良康を昭和四五年一一月四日に認知している。原告は、別居後、被告正人から次第に減額されて金二万五〇〇〇円の仕送りを受けながら、会社勤めをし、長男邦晴との生計をたてているのであるが、風の便りに右養子縁組の件を知り、大阪市北区役所に赴いてそれを確認したうえ、早速右養子縁組無効確認の調停手続(不調)を経て、本訴に及んだ。

以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

二、右認定事実によれば、原告が本件養子縁組につき、縁組意思はもとより、その届出意思をも有しなかつたことは明らかであるから、民法八〇二条一号により少なくとも原告と被告誠間の養子縁組は無効といわなければならない。

三、問題は、このことが被告誠との養子縁組を希求していた被告正人との関係までも無効を結果するか、否かである。

先ずかかる場合の縁組は、養父子及び養母子各間の二個の契約からなるものと解すべきである。ところで夫婦共同縁組に関する民法七九五条の規定を受理要件と解すべきかについては、未だ疑問の余地がある。何故なら同条の規定する夫婦共同縁組の要請は、それが近代養子制度との関連において夫婦の本来的な姿と合致し、ひいては家庭の平和維持及び養子の福祉にもつながるとの実質的考慮に出ずるものと解するからであつて、これを単なる形式的要請であるとは解し難いからである。しかしそうは言つても、すでに回復の余地なきまでに破綻した夫婦について、一旦縁組届が受理され、可及的に養子の保護が考慮されなければならない場合には、すくなくとも例外的に右規定の適用が排除されると解しても、同規定の要請する秩序を混乱に導くものではないというべきである。即ち、かかる場合には、一方当事者の関係での無効が、他方当事者の関係の無効を結果しないと解するのが相当である。

右の見地から本件につき考察するに、右認定のように被告正人は原告に対し毎月若干の生活費を送つているにしても、その真意は長男邦晴の扶養料の趣旨と解されなくはないのであり、いずれにしても両者の関係はすでに回復の余地なきまでに破綻し、形骸化しているものというべく、したがつて、本件の場合は民法七九五条の規定の適用がなく、原告と被告誠間の養子縁組は民法八〇二条一号により無効であるけれども、そのことの故に被告両名間の養子縁組まで無効と解すべきではない。

四、よつて本訴請求は、原告と被告誠間の縁組無効を認める限度で理由があるから認容して、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田真)

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